ストレス避けてはいけない!避けるととんでもないツケがくる!?

今の日本は、大人から子どもまでストレスを感じない人はいないと思います。大人であれば職場での人間関係、ご近所づきあい、ストレス源はつきません。

子どもであっても、テストのこと、友達づきあいなどで意外とストレスを感じやすいと言われています。最近はいじめの問題もありますね。それがまた、親のストレスとなってしまいます。

そういったストレスに、あなたはどう対応していますか?何か趣味に没頭してウサをはらしていますか?それとも友達や同僚と愚痴を肴に飲んで解消していますか?そもそも、ストレスを無視して、自分の感情を抑えてしまっている人も多いのでは、ないでしょうか? いずれにしろ、ストレスになることには、なるべく近づきたくない、というのがほとんどの人の考えでしょう?

でも、なるべくストレスのことは考えないようにしているうちに、なんだか逆にイライラが増してきたり、わけもないのに憂鬱になってしまうことはないでしょうか?

実は、ストレスは避けよう、無視しようとすると余計に生活満足度が減っていくことがあるのです。知っていましたか?

ストレスは悪くない?ストレスを有効活用する方法があった!

え?だってストレスって、健康にわるいし、うつの原因になるって聞いているし…?避けたらダメってどういうこと?

もっともな疑問です。それが世間一般の常識というものですから。でも、よく考えてみてください。常識というのは時代によって変わってくるものです。ほんの少し前まで、女性はある程度の年齢になったら、結婚して過程に入るのが普通と思われてきました。

でも、今では女性の社会進出はあたりまえになっています。だからこそ、女性がストレスを感じる場面も増えたのですが…。ストレスもここ数年で研究が進んで、常識が変わってきています。

例えば、ストレスは人間の進化の過程で身を守るために備わった防衛反応だということは知っていましたか?ストレスは人間の進化がもたらした恩寵でもあるのです。

ちょっと混乱してきた人もいるかもしれません。でも、よく考えてみてください。あなたは毎日の仕事や生活で、どうしてもやらなくてはいけないことがあると思います。書類を決められた時間に提出する。町内会の役員としての役割。学生であれば、大学の単位を落とさないためになんとしても試験に通らなくてはなりません。

これらには、いつもある程度の負荷がかかっています。これもストレスです。そう、ストレスには人に行動を起こさせる作用もあるのです。これがなければ、自分の役割など放り出してしまいます。

また、目の前で事故があったら、勝手に体が動いて、事故にあった人の介護にあたっていたなんてことはありませんか?これだって、ストレスのなせる業なんですよ。人助けにストレスが関わっているなんて、驚きですね。

所詮、ストレスは人間と切っても切り離せない関係にあります。どうせ切り離せないなら、有効活用してしまったほうが得です!ここではどうやったらストレスをうまく利用して、充実した生き方ができるかをみていきたいと思います。

視点が変わればストレスへの対処は楽になる!

ストレスはなるべく避けたほうが良いもの、ためないほうがいいものと思われてきましたが、実はいろいろな恩恵をもたらしてくれることが多いことがわかってきました。

ストレスは、人が進化していく中で発生したものです。ストレスが無ければ、敵から逃げたり、立ち向かうこともできません。また、いたわりや共感も、人間が生き残っていくために必要なサバイバル本能ということができます。

もちろん、すべてのストレスが役に立つわけではありません。自分を守るという本能には、他者を押しのける、無視するといったストレス反応が出る場合も多いのです。

しかし、ストレス反応は自分がそのストレスをどう捕らえるかによって、反応を変えることができることもわかってきています。ストレスを感じたらこう考えてみましょう。

●これは成長するチャンスだ
●ストレスを感じるのは、何か意義があるにちがいない
●この経験は、あとで役に立つ
●この状況でいい面はなんだろう?

ストレス反応で心臓がどきどきしたり、緊張したら、こんな風に考えればその場を乗り切ることができます。

●これは興奮している証拠だ
●うまくいくよう、体が準備をしている
●大丈夫、自分の体が助けてくれる

などです。

ストレスは自分の価値観に密接に関係していることもわかってきています。あなたが、どんなものに価値を見出しているかよく考えてみましょう。思い浮かばなかったら、自分がどんな人間になりたいかを考えるのもひとつの方法です。

どんな人間になりたいかわかったら、それにはどうしたらいいのか、それに伴うストレスにはどんなものがあるのか、それをどう克服すればいいかを考えてみましょう。

人には決まった思い込み(マインドセット)があります。このマインドセットは自分でもしらない間に自分の行動に影響を与えます。『ストレスは体に悪い』と思い込んでいると、本当に心臓疾患や生活習慣病にかかってしまう場合があります。しかし、『ストレスには良いこともある』という考え方ができていれば、病気はそれほど恐れるものではありません。要は、自分がどう思っているかなのです。

ストレスはうつ病の引き金にもなりますが、ストレスに意義を見出していれば、うつになる可能性はずっと低くなります。生きがいのある人生を送っている人は、ストレスが多くても健康を害することはありませんでした。

歴史上の偉大な人物は、ストレスの多い人生でしたが、うつや躁うつ病を克服し、偉業をなしとげました。ストレスを避け続けると、大きなチャンスを逃したり、逆に無力感に襲われることもあります。

大きなストレスを克服すると、人間的に成長し人に手をさしのべることができるようになります。

ストレスに限らず、物事には良い面と悪い面が両方備わっていることが多いものです。すべてのストレスに恩恵があるとはいえませんが、自分の考え方一つで、ストレスを味方につけることは可能です。ストレスがかかってきたら、自分を試すテストだ、くらいに思えればそれほど怖いものではなくなるのではないでしょうか。

SNSは必要の無いストレスを呼び込むことも…

SNSは世界中の人と交流がもてたり、本当に便利です。SNSで知り合った人が遠くからはるばる訪ねてきてくれるということも珍しくありません。しかし、最近では、SNSにのめりこむあまり、『SNS疲れ』を感じる人も出てきているようです。

SNS疲れというのは、いいね!の数を異常に気にしたり、常に更新をチェックしなくてはならないという脅迫観念にかられたりすることでおきます。こうなると、立派にストレスです。

SNSというのは、一般的にその人が楽しいと感じたことだけを載せる傾向があります。ひらたい話、『ほら、見て見てー』と自分の幸せを見せびらかしている状態です。しかし、幸せというのは、人生の一部でしかありません。つらいこと、苦しいことは誰にでもあります。

気分が落ち込んでいるときに、そういった幸せを凝縮したようなものを見せられると、ますます落ち込んでしまいます。また、自分の投稿の反応が薄ければ、いったい何がいけなかったのかと考え込んでしまう人もいるようです。リア充感を出すために、自分とはかけ離れたキャラクターを演じて、ますます悪循環におちいってしまうこともあるようです。身体醜形障害という、自分が醜いと思い込んでしまう病気を発症してしまう例も報告されています。

SNSで自分と他人をしょっちゅう比較していくうちに、自己肯定感が下がっていってしまうことがわかっています。SNSを見るたびに落ち込んだり、取り残されたような気分になることが増えていたら、黄色信号だと思ったほうがいいでしょう。

実際に、『Vol14.全国消費者価値観調査』でSNSのユーザーを対象にアンケートをとったところ、53%が『SNSを面倒だと思っている』という結果が出たそうです。実はもうやめたいと思っている人が増えているようです。

さらに別の調査では、『リア充投稿にうんざりする』というアンケートに、『イラっとしない』と答えた人は37.6%にとどまったという結果も出ています。自分の投稿でリア充を装ったという人は、『よくある』『たまにある』『一度だけある』というひとをあわせると、55%近くになりました。

こうなると、一種の依存症です。依存症は一瞬で快楽が得られる分、喪失感も早く襲ってきます。そして、ますます強烈な充実感を味わいたくて、ますますのめりこんでしまう悪循環を生んでしまいます。

これは、麻薬やアルコール、ギャンブルの依存症とまったく同じ経過なのです。こうなったら、いっそ、SNSをやめてしまったほうが健康的だと思うのですが、すぐにはやめられないのも依存症の特徴です。

やめたいのにやめられない…。それなら、まずは見る時簡を制限してみることからはじめてはどうでしょうか?『寝る前には絶対見ない』『見るのは夕食後だけ』など、ルールを決めるのです。見なくても意外と平気なことに気付く人も多いようです。

または、何か趣味や資格取得の勉強で、自分を忙しくし見る時間を減らすという方法もあります。実際、国家試験の勉強が忙しくてSNSを見なくなったら、調子が良くなったという人や、ガラケーに戻したら気分が良くなったという人もかなりいます。

SNSは基本的に道具の一つに過ぎません。道具を上手に使うには、一人ひとり、自分にあった工夫が大事です。

ストレスを感じたときの経験・感情を共有しよう!

どうしようもなく孤独を感じてしまうのは、他の人の苦しみを感じることができていないからです。自分以外の人も苦しんでいるんだと感じることができれば、孤独感や挫折感から開放されます。

ストレスを紛らわすために、ギャンブルやアルコール依存症になってしまう人たちがいます。依存症は一度かかってしまうと、ひとりで抜け出すことはまず無理だといわれています。

こういった人たちを支えるために、いろいろな自助グループやNPOがあります。その一つにアルコホーリクス・アノニマス(Alcoholics Anonymous通称AA)があります。本部はアメリカですが、アルコール依存症で苦しんでいる人であれば誰でも受け入れるとしており、匿名性を徹底しているので、会員の詳しい数などはわかりません。入会、退会も自由です。

世界各国に支部があり、日本にも全国でも頻繁に依存症体験をもつ人たちが集まります。このミーティングの目的は、「自分のアルコール依存症の体験を話す」です。もうアルコールを断ち切っている人も、まだやめられない人もここでは平等に扱われます。克服した人と克服できない人に上下関係はありません。

ミーティングで話すときは本名をいう必要もありません。出席、欠席も本人の意思にまかされています。話す内容は人によって違います。『もう●カ月飲んでいません』という報告でもいいし、『また飲み始めてしまいました』といった告白をしても、べつにとがめられることもありません。本当に、今のありのままの状態を話すだけです。

この方法は麻薬などのほかの依存症の自助グループでも採用されています。自分の苦しんだ体験を共有すると、自分は一人ではないという安心感がうまれます。

ストレス体験の共有もこれと似たような方法できます。自分がストレスを感じた体験を人前で話すのです。こうすると、表面的にはわからない他人の苦しみがわかるようになります。このときに、ストレス体験の共有が目的の場合は、そのストレス体験から何を学んだか、どんな気付きを得たかを話すと、もっと効果があります。

自分の失敗の体験を話すと、不思議と共感が生まれます。大きなストレスを感じた場合は、一人ではとても耐え切れないこともあります。たいていの人は失敗を一人で抱え込んでしまい、『自分には才能や能力がない』と思い込み、それが続くと無気力になってしまいます。

しかし、『誰でも失敗することはある』という認識を共有できれば、人に手を差し伸べることをが出来るようになるし、逆に本当に困っているときは助けを求めてもいいと気付くことができるのです。

大きなストレスを感じる出来事は、仕事や夫婦関係だけでなく、犯罪など理不尽なものもあります。こうしたことはおきないに越したことはありません。こうした経験に感謝するというのも無理な話です。

逆境には良い面も悪い面もあります。その両方を認識した上で、『ここから学べることは難だろう?』と問いかけてみるのがよいのです。ただ、無理に前向きになる必要もありません。どうしてもつらかったら、まずはそのつらい気持ちをガマンせずに受け入れましょう。

隣の芝生が青く見えるときの対処方

ストレスがたまって気分が落ち込んでいると、周りにいる人がみんな幸せそうに見えることがあります。『なんでわたしだけが、こんなつらい目にあわなきゃいけないの!?』といった感情は誰でも持ったことがあると思います。

特に最近はブログやフェイスブックなどのSNSが発達し、誰もが情報発信できるようになりました。落ち込んでいるときに、誰かの幸せそうな写真を見ていると、よけいに気分が沈んだり、怒りすらこみ上げてくることもあります。なぜでしょうか?

こんな気分になったら、芝生はどうやったら青くきれいな状態を保てるのか考えてみましょう。芝生は当然ながら生きています。ほっておけば伸び放題になるので、定期的に刈ってやらなくてはいけません。

また、芝生以外の雑草だってはえてきますから、これだって時々抜いてやらないと見苦しい庭になってしまいます。そう、きれいな芝生は『日ごろの手入れの賜物』なのです。きれいに庭に敷き詰められた芝生には、それなりの時間と手間隙がかかっているのです。

これは人でも同じことが言えます。最初から何の勉強もせずに、弁護士やお医者さんなどの高給とりといわれる職業につくことはできません。時間をかけて、こつこつ勉強してきたことがその収入につながっているのです。

隣の芝生が青く見えるときは、挫折や失敗を経験して、孤独感にさいなまれていることが多いものです。挫折や失敗は、心理学で『コモン・ヒューマニティ』といいます。訳すと、『人間なら誰でも体験するもの』という意味です。

ひどい孤独感にさいなまれているときは、この言葉を思い出しましょう。人間、失敗を経験しないで生きることはできません。例えば、映画やテレビに引っ張りだこの女優さんや、海外で活躍しているアスリートでも、過去には監督に演技力不足をけなされたり、レギュラーをはずされて泣いたりしたという告白をして、びっくりさせられることがあります。

内面の苦悩を好んで表情や態度に表す人はいません。自分が苦しんでいる姿を人に見せまいとするのはいたって自然なことです。

これはキリスト教のある牧師がこんな内容の説教をしています。
「人生は甘くない。人の苦悩はどんな苦しみや悩みを背負っているかは、誰にもわかりません。誰もが人には言えない悩みがあり、自分と戦い、がんばっている」

まさにこれは、いまをいきる人たちすべてにあてはまる言葉ではないでしょうか?苦しんでいるのは自分ひとりではないのです。落ち込んでいるときは、どうしても自分だけ、自分だけ何で?と思ってしまいがちです。

そういえば、華やかなイメージのある俳優やタレントが、テレビや自叙伝で、家族や人間関係で深い傷を負っていたり、重病とたたかっていたりしたことを告白して驚かされることがよくあります。悩みや困難な状況に無縁でいられる人はいないのです。落ち込むことがあったら、誰にでも、失敗や挫折はあることを思い出しましょう。

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